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福岡高等裁判所 昭和62年(行コ)20号 判決 1989年7月18日

主文

一  原判中被控訴人小城町に対する請求に関する部分を取消す。

二  控訴人らの被控訴人小城町に対する訴えを却下する。

三  控訴人らの被控訴人三日月町教育委員会に対する本件控訴を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨(控訴人ら)

1  原判決を取消す。

2  被控訴人三日月町教育委員会が昭和六二年一月二〇日控訴人らに対し、控訴人らの子である御厨裕史の就学すべき小学校を三日月町立三日月小学校と告知した処分を取消す。

3  控訴人らは、被控訴人小城町との間において、右御厨裕史を同人が満六歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初から満一二歳に達した日の属する学年の終りまで小城町立桜岡小学校に就学させる権利を有することを確認する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁(被控訴人ら及び被控訴人ら補助参加人)

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張の関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決三枚目表八行目の「裕史」を「御厨裕史(以下「裕史」という。)」と、同裏一行目から二行目までの「桜岡小学校」を「小城町立桜岡小学校(以下「桜岡小学校」という。)」とそれぞれ改め、同五行目の「法律」の次に「(以下「地教行法」ということもある。)」を加え、同行目の「三日月小学校」を「三日月町立三日月小学校(以下「三日月小学校」という。)」と改める。

二  同四枚目表一行目の「合意」を「法」と、同二行目の「(七)」を「(九)」と、同七行目「合意」を「慣習法」とそれぞれ改める。

三  同五枚目裏六行目の「以外の学校」を「市町村の設置する小学校又は中学校以外の小学校又は中学校」と改める。

四  同八枚目裏四行目の「できたのであり、」の次に「就学する小学校、中学校を選択できるという右の権利は、学校教育法三一条による地方公共団体間の教育事務の委託あるいは同法施行令九条による区域外就学の手続きによってはじめて生ずるというものではなく、元来」を加える。

五  同八枚目裏九行目の「いうべきである。」の次に改行のうえ、次のとおり加える。

「(八) 右のように甘木本告両地区の子どもは、従前三日月小学校又は桜岡小学校のいずれかに選択的に就学することができたものであり、三日月小学校への入学期日の通知が取消されなければ桜岡小学校に就学することができないという関係にはなかった。事実、甘木本告両地区の子どもは、従前被控訴人三日月町教育委員会からの入学期日の通知がなされたまま、なお桜岡小学校に就学することができたものである。

右のような事情にあるから、裕史を桜岡小学校に就学させる権利が本訴で確認されたとしても、控訴人らは、いぜんとして裕史を三日月小学校に就学させることも桜岡小学校へ就学させることもできるのであって、控訴人らがそのどちらに就学させるかを選択すればよいのであり、これによって、控訴人らに裕史の就学義務を併存して負わせ、就学についての法律関係を混乱させるということにはならないものである。

(九) 右のような控訴人らの裕史を就学させる権利は、公法上の法律関係であるが、これについても慣習怯が成立し得るところであり、また法例二条も右慣習法の成立を認める障害となるものではない。本件のように、ある市町村に居住する子どもが、歴史的、社会的、地理的な諸事情により隣接の市町村の設置する小学校、中学校に就学することができる慣習が成立している場合には、右のような就学の形態が学校教育法二一条による学校事務の委託あるいは同法施行令九条による区域外就学の場合に限定する法令は存在しないから、右慣習が、法例二条所定の「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反セサル慣習」に当たることは明らかである。仮に右のような就学の形態が区域外就学の場合に当たるとしても、本件においても、小城町教育委員会が甘木本告両地区の住民の子どもについて区域外就学を承諾するかどうかの裁量権を行使するにあたって、これを承諾し続ける旨の慣習法が成立していたものというべきである。」

六  同九枚目表八行目の「権利である。」の次に改行のうえ、次のとおり加える。

「(一) 控訴人らが本訴において確認を求めている裕史を桜岡小学校に就学させる権利は、右のように甘木本告両地区に居住することにより認められるものであり、具体的な権利である。控訴人らが学校教育法施行令九条による区域外就学の手続きを履践していないといっても、右手続きは、区域外の小学校、中学校に就学する権利を形成するためのものではなく、本来有する右権利を実現するためのものであるから、右手続きを履践しないことが右権利を否定する理由にはなり得ないものである。

また、甘木本告両地区の子どもが桜岡小学校へ就学する手続きとしては、区域外就学の手続が唯一のものではなく、学校教育法三一条による地方公共団体間の教育事務の委託によることもできるから、区域外就学の手続きを履践していないからといって、桜岡小学校へ就学する権利が否定されることにはならないものである。現に、甘木本告両地区の子どもを桜岡小学校へ就学させる手続きは、昭和五九年以降は、地方公共団体間の教育事務の委託によっているところである。

(二) 複数の学校のいずれかに自由に就学することができる区域(調整区)は、本件の甘木本告両地区のみならず、全国的にみても約三七パーセントの市町村に存在するものであるが、この調整区においては、区域外の学校に就学する手続きとして、必ずしも区域外就学あるいは教育事務の委託の手続きによってはいないところもあり得るのであり、右手続きを履践していないからといって、控訴人らを含む甘木本告両地区の住民らが長年にわたる慣行により慣習法上取得した桜岡小学校に子どもを就学させる権利を失うものではない。現に、甘木本告両地区の子どもが桜岡小学校と三日月小学校のいずれを卒業してきたかの統計をみると、別表記載のとおりであるが、これによって明らかなように、右地区の子どもは、学校教育法施行令九条による区域外就学などの手続によらず、同地区に居住することのみによって桜岡小学校に就学してきたものである。

七  同九枚目裏三行目の「(3)」を「(4)」と改める。

八  同一一枚目表六行目の「ものである。」の次に改行のうえ、次のとおり加える。

「(4) 控訴人らは、裕史を三日月小学校又は桜岡小学校に選択的に就学させることができる権利を有するものであるが、被控訴人三日月町教育委員会は、小城町教育委員会との合意の下で、甘木本告両地区の住民がその子どもについて桜岡小学校への区域外就学の申請をしても一切受け付けない旨を明らかにして、本件処分によって右権利を積極的に侵害しているものであるから、本件処分は違法である。」

九  同一二枚目裏五行目の「のであるから、」を「のであり、」と改め、その次に「このように不承諾処分の取消訴訟を提起することが可能である場合には、それとは別に本件のような実質的当事者訴訟とされる確認訴訟を提起することは、行政事件訴訟法の本来予定しないところであるから、」を加える。

一〇  同一三枚目表七行目の「べきである。」の次に改行のうえ、次のとおり加える。

「また、学校教育法施行令九条等の規定に照らすと、子どもは、その居住する市町村内の小学校、中学校に就学するのを原則とし、例外的に希望地の市町村の教育委員会の承諾を得た場合にのみ区域外就学が可能となり、しかも区域外就学を認めるか否かの第一次的な判断権は右希望地の市町村の教育委員会に委ねられているものである。行政処分によって国民が取得しあるいは負担する権利義務は、その行政処分がなされてはじめて具体的な内容を有するものであるが、控訴人らは、裕史について未だ区域外就学の希望地である小城町教育委員会の承諾を得ていないから、区域外就学について何ら具体的な権利義務が存在していないというべきであり、しかも裕史については学校教育法三一条による教育事務の委託がなされておらず、裕史が桜岡小学校に教育事務の委託により就学することができる具体的な権利がないことも明らかであるから、本件確認の訴えは、確認の対象である具体的な権利、法律関係を欠き、抽象的な権利の確認を求めるものであって、不適法な訴えであるといわざるを得ない。のみならず、実質的当事者訴訟は、行政事件訴訟法の規定する定型的な訴訟類型によっては救済を受けることができない場合に、補充的に認められるべきものであるが、控訴人らは、前記のように行政事件訴訟法の規定する抗告訴訟によってその目的を達成することができるのであるから、本件確認の訴えは、いずれにせよ、訴えの利益を欠き、不適法な訴えであることが明らかである。

さらに、控訴人らは、本件確認の訴えにおいて、区域外の就学権たる権利の確認を求めることによって、控訴人らが将来裕史について区域外就学を申請した際、小城町教育委員会がこれを承諾せざるを得ないよう覊束しようと意図しているとも考えられるが、そうすると、本件確認の訴えは、実質的には、将来になされる区域外就学の申請に対する承諾をあらかじめ求めるために、区域外就学に関する行政処分がなされる前の段階で右行政処分にかかる特定の権利の存在の確認を求めるものである。本件確認の訴えは、この意味で、対等な当事者間における実質的当事者訴訟ではなく、無名抗告訴訟の一種である予防的確認訴訟とみることができるが、右のような訴えが認められるためには、侵害される権利、利益の性質、侵害の程度、将来行政処分がなされ、あるいはなされないことが確定した段階で事後的に争ったのでは回復しがたい重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情が必要であって、右の特段の事情がない限り、訴えの利益を欠き、不適法となるものと解すべきである。本件においては、控訴人らは、裕史を桜岡小学校に就学させることができないとしても、少なくとも居住地にある三日月小学校に就学させることが可能であり、同小学校への通学が困難もしくは危険であるとはいえず、その就学が事実上不可能であるとは考えられないし、また、控訴人らは、小城町教育委員会に対し区域外就学の申請をし、その処分がなされた後に、事後的に右処分の取消訴訟を提起することが可能であり、控訴人らに右処分前に回復しがたい不利益を生じさせることにもならないものである。したがって、本件においては、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がないから、本件確認の訴えは、訴えの利益を欠き、不適法といわざるを得ない。

一一  同一三枚目表一一行目の「差し出して」の次に「裕史について桜岡小学校への」を、同裏一行目の「している。)。」の次に「被控訴人小城町の機関である小城町教育委員会は、被控訴人三日月町教育委員会との間で裕史を含む昭和六二年度の甘木本告両地区の就学予定者について桜岡小学校への区域外就学の手続きは一切受け付けない旨の合意をし、その旨を控訴人らに対し表明しながら、被控訴人小城町が本訴において区域外就学の手続きを履践しなければ訴えの利益がない旨の前記本案前の主張をするのは、訴訟当事者に要求される信義誠実の原則に反し、許されないものである。」をそれぞれ加える。

一二  同一四枚目表六行目の「である。」の次に改行のうえ、次のとおり加える。

「同2(七)の事実は否認する。控訴人ら主張の慣習法は、その成立根拠が明らかではないのみならず、学校教育法、同法施行令等の適用される区域外就学、教育事務の委託という公法上の法律関係について慣習法の成立を認めることは、法律による行政の原理に照らして許されないものである。」

一三  同一五枚目裏一行目の「いうべきである。」の次に「また、本件処分がなされていても、控訴人らが小城町教育委員会に対し区域外就学の申請をし、これについて承諾を得れば、裕史は桜岡小学校に就学することができるものであり、本件処分が控訴人ら主張の選択的な就学権を積極的に否定するものでないことも明らかである。」を加える。

第三  証拠<省略>

理由

一  まず、控訴人らが裕史の父母であり、佐賀県小城町三日月町大字久米字本告に住所を有すること、三日月小学校が補助参加人三日月町の設置する唯一の小学校であり、被控訴人三日月町教育委員会が地教行法二三条により三日月小学校の学齢児童の就学及び入学に関する事務を管理し、執行する権限を有すること、被控訴人小城町が桜岡小学校を設置し管理していること、被控訴人三日月町教育委員会が昭和六二年一月二〇日控訴人らに対し裕史の就学すべき小学校を三日月小学校と告知する本件処分をしたこと、以上の事実は、控訴人らと被控訴人三日月町教育委員会との間では争いがなく、被控訴人小城町は明らかに争わないからこれらを自白したものとみなされる。そして、弁論の全趣旨によれば、裕史は、昭和五五年九月一一日生まれ、昭和六二年四月一日学齢に達し小学校への就学が予定されていた者であって、控訴人らと同居し、控訴人らはその親権者として学校教育法所定の保護者に当たること、小城町教育委員会が同様に桜岡小学校の学齢児童の就学及び入学に関する事務を管理し、執行する権限を有することが認められる。

二  被控訴人小城町に対する訴えの適法性について

控訴人らは、本訴において、被控訴人小城町との間で、裕史を桜岡小学校に就学させる権利を有することの確認を求めるものであるが、被控訴人小城町は、右確認の訴えは不適法である旨を主張するので、その適法性について検討する。

1  本件確認の訴えの性質について、控訴人らは、行政事件訴訟法四条後段所定の実質的当事者訴訟であると主張するが、控訴人らがそのような訴えを提起した目的が、これによる確認判決を得ることによって、小城町教育委員会をして、裕史の桜岡小学校への区域外就学についての承諾を与えざるを得ないようあらかじめ拘束しようという点にあると窺うこともできるのであって、そうだとすると、本件確認の訴えは、実質的当事者訴訟というよりも、その目的に照らして無名抗告訴訟の一種である予防的確認訴訟というべきものである。しかしながら、実質的当事者訴訟といい予防的確認訴訟といっても、実務上はもとより理論上においても、必ずしも明確な区別の基準があるとはいえないのが現状であり、また本件においてその区別を明らかにする実益もないから、まず実質的当事者訴訟の見地から本件確認の訴えの適否について検討することとする。

(一)  本件確認の訴えの適否を判断するにあたっては、本件で問題となっている小学校における就学制度、就学手続きに関する法令の検討が不可欠であるから、まずこの点について概観する(なお、中学校における就学制度等も小学校におけるものと基本的には同じであると考えてよい。)。

(1) 小学校における教育は、義務教育とされる九年の普通教育(教育基本法四条参照)の最初の六年の初等普通教育を施すことを目的とする(学校教育法一七条、一九条)ものであって、将来の我が国の国家と社会を支える心身ともに健康な国民を育成する(教育基本法一条参照)ために極めて重要な役割を担っているものであることは多言を要しない。そして、市町村は、その区域内にある満六歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初から満一二歳に達した日の属する学年の終りまでの間の子女(学校教育法二三条、二二条参照、以下「学齢児童」という。)を就学させるに必要な小学校を設置しなければならない(同法二九条)として、市町村にその設置義務を負わせ、他方、学齢児童の親権者あるいは後見人である保護者は、学齢児童を小学校に就学させる義務を負う(同法二二条一項)として、保護者にその保護の下にある学齢児童を右のような教育が施される小学校に就学させる義務を負わせている。これらの義務は、すべての国民に対して教育を受ける機会均等の権利を与えるとともに、すべての国民に対してその保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負わせた憲法二六条を具体化し、我が国の全土において、小学校における基礎的な教育の機会均等と教育義務とが、その制度面からも運用面からも完全に実施されることを保障するために認められているものである。

小学校における教育に関する行政について、右教育の重要性、中立性等の要請に鑑み、国あるいは市町村が自ら処理せず、市町村の教育委員会を設置し(地教行法二条)、右教育委員会において小学校の設置、管理、廃止、学齢児童の就学、児童の入学等国あるいは市町村が処理する教育に関する事務を管理し、執行する(同法二三条、地方自治法一八〇条の八第一、二項)ものとされている。

(2) 小学校における具体的な就学手続きについては、市町村の教育委員会が、国からの機関委任事務として、学校教育法及びこれに基づく政令の定めるところにより、学齢簿の編製、入学期日の通知、就学すべき学校の指定、出席の督促その他就学義務に関して必要な事務を行い、及び就学義務の猶予又は免除に関する事務を行う(地方自治法一八〇条の八第二項、同法別表第四の三(一))こととなっている。

右の各種の事務のうち学齢簿の編製、入学期日の通知、就学すべき学校の指定の手続きについては、市町村の教育委員会は、毎年一〇月一日現在において、その市町村の区域内に住所を有する者で翌年四月一日(学校教育法施行規則四四条参照)小学校に入学すべき学齢児童(以下「就学予定者」ということもある。)について、一〇月末日までに、学齢児童の氏名、現住所、生年月日、性別、保護者の氏名、現住所、保護者と学齢児童との関係等を記載した学齢簿を作成しなければならない(学校教育法施行令一条、二条、同法施行規則三〇条、三一条)とされ、右学齢簿を基に、市町村の教育委員会は、学齢簿に記載された就学予定者のうち、その住所の存する市町村の設置する小学校以外の小学校に就学させる旨保護者から他の市町村の教育委員会の承諾を証する書面等を添えて届出のあった者(同法施行令九条、以下、このうち就学予定者の住所の存する市町村以外の市町村の設置する小学校に就学させる場合を「区域外就学」ということもある。)、健康診断の結果判明した盲者、聾者、精神薄弱者、肢体不自由者、病弱者を除くすべての就学予定者について、その保護者に対し、翌年一月末日までに、その入学期日を通知し、また、その市町村の設置する小学校が二校以上ある場合には、入学期日の通知とともに就学すべき小学校の指定をしなければならない(同法施行令五条)ものとされている。右の入学期日の通知等によってはじめて保護者の学齢児童を就学させる義務が特定の就学すべき学校との関係で具体化されることとなる。

(3) 保護者が就学予定者である子どもをその住所の存する市町村以外の市町村の設置する小学校に区域外就学させようとする場合には、保護者は、まず、希望地の市町村の教育委員会に対し区域外就学の申請をし、その市町村の教育委員会の承諾を得ることが必要である(学校教育法施行令九条一項)。右の申請を受けた市町村の教育委員会は、承諾をするには、あらかじめ、就学予定者の住所地の市町村の教育委員会と協議し、その合意を得たうえ(同法施行令九条二項)、就学予定者の身体的理由、家庭の事情、地理的理由、交通事情、小学校の設備、規模等諸般の事情を考慮し、教育行政上の裁量権に基づき、その就学予定者について区域外就学を認めることが必要かつ適切であると認められる場合に限って承諾すべきものと解される。このように、就学予定者が就学することができる小学校は、原則としてその住所地の市町村の設置する小学校であり、他の市町村の設置する小学校に就学することができる場合は右のように制限されているものであって、保護者は、就学予定者である子どもについて、その住所地のいかんを問わず、就学させる小学校を自由に選択することができないこととなっている。これは、小学校の時期における教育が学齢児童の住所地の地域社会と家庭の下で行われることがその人間的な成長に最も適しているとの観点から、住所地の市町村の小学校における就学を基本とするとともに、これによって、前記の義務教育の機会均等の要請を具体化し、実現するためのものである。

市町村の教育委員会は、保護者によってなされた区域外就学の申請を承諾する場合には、保護者に対し承諾を証する書面を交付し、その保護者は、右書面を添えて前記のように就学予定者の住所地の市町村の教育委員会に対し区域外就学の届出をすることによってはじめて、希望地の市町村の小学校における区域外就学が可能となるものである。このように、保護者が希望地の市町村の教育委員会の承諾を得てはじめて、住所地の市町村の教育委員会に対し区域外就学の申出をすることができるとされるのは、就学制度としては例外的なものである区域外就学の可否は、希望地である市町村の教育委員会において前記の諸事情を考慮して教育行政上の裁量権に基づいて第一次的に判断させるのが相当であり、また万が一にも学齢に達する児童について就学すべき小学校が失われるという事態が生ずることを避けるためである。

(4) 保護者が学齢に達する子どもを住所地の市町村以外の他の市町村の設置する小学校に就学させることができる場合としては、区域外就学のほかに、住所地の市町村と希望地の市町村との間に教育事務の委託がなされている場合(学校教育法三一条)がある。教育事務の委託は、関係市町村間における協議を経て行われる(地方自治法二五二条の二、一四)ものであるが、保護者は、学齢に達する子どもについて右の関係市町村に対し教育事務の委託を行うべきことを請求することはできないし、また教育事務の委託がなされている場合であっても、委託に基づき希望地の市町村の設置する小学校に就学させるべきことを請求する権利を認める法令は存しない。そして、右の関係市町村間において教育事務の委託がなされている場合であっても、そのこと自体によっては、保護者に対しその子どもについて特定の小学校に就学させる権利義務を生じさせるものではなく、右権利義務が具体化されるためには、前記の就学に関する手続きに従って市町村の教育委員会によって入学期日の通知等の処分がなされるのをまたなければならないものである。

(5) もっとも、控訴人らは、裕史の住所の存する甘木本告両地区の子どもは、同地区に住所を有することにより隣接の被控訴人小城町の設置する桜岡小学校に就学することができる権利を慣習法上取得しているとか、あるいは小城町教育委員会が甘木本告両地区の子どもの区域外就学を承認するか否かの裁量権の行使にあたって承諾し続ける旨の慣習法が成立しているとしてその事情を縷々主張するが、学齢児童の就学をめぐる法律関係が公法上の法律関係であることはいうまでもないところ、右法律関係は、学齢児童の保護者に対し教育の機会均等、義務教育等の要請を完全に実施するために特定の小学校との関係で具体的な就学義務を負担させるなどの公権力の行使をその本質とするものであるから、仮に控訴人ら主張のような長年にわたる慣行があるとしても、これによって控訴人ら主張の右慣習法が成立し得る余地はないというべきである。一般的には、公法上の法律関係であっても、長年にわたる行政上の慣行等によって国民の権利を保護するとの見地から慣習法が成立することもないとはいえないが、公権力の行使を内容とする公法上の法律関係については、そもそも具体的な法令上の根拠がなければ行政権を行使することができないものであるから、法律による行政の原理を基本原則とする現行法制度の下においては、慣習法が成立し得る余地はないといわざるを得ないし、右の理は、法例二条の趣旨に照らしても明らかである。かように、控訴人ら主張の右慣習法は、成立し得る余地のないものであるばかりでなく、その内容自体も、前記の就学に関する手続きに従って市町村の教育委員会によって、区域外就学の承諾、入学期日の通知等の処分がなされる前の具体性を欠く権利の主張といわざるを得ないものでもある。

(6) また、控訴人らは、全国の多くの市町村において保護者が複数の小学校から希望に従って子どもを就学させることができる調整区が存在し、右調整区の中には他の市町村の設置する小学校に就学させることができる例もあり得、甘木本告両地区も右調整区に当たる旨を主張するが、そもそも調整区の用語自体前記の就学制度の中で何らの根拠をもつものではなく、曖昧であるのみならず、仮に甘木本告両地区が右調整区に当たるとしても、これによって控訴人らに対し具体的にどのような権利義務が生ずるのかは全く不明であるというほかはない。

さらに、控訴人らは、現在、臨時教育審議会において、教育制度改革の一つの問題として学校選択の自由を拡大すべきであるとの議論がなされている旨を主張するが、小学校選択の途を拡大することが教育制度の適正化を図る見地から必要な方策であり得るとしても、これは将来の立法政策上の課題であって、これによって直ちに前記の就学制度を左右するものではない。

(二)  ところで、控訴人らは、冒頭掲記の事情の下において、裕史を桜岡小学校に就学させることを希望し、それを目的として、本件確認の訴えを提起しているものであるところ、そもそも右確認の訴えを実質的当事者訴訟として取り扱うことについては、前記のとおり控訴人らがこれを提起した目的に照らして疑問が残るところであるが、その点はさておくとしても、実質的当事者訴訟と行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟である抗告訴訟(行政事件訴訟法三条)さらには私法上の法律関係に関する民事訴訟との差異ないし役割分担、及び具体的、現実的な法律上の争訟の解決を図るという現行訴訟制度の目的に照らすと、本件のような確認の訴えが実質的当事者訴訟として認められるためには、対等な当事者間における公法上の法律関係に関する訴訟であること、これにより当事者間の法律上の争訟を直截に解決することができ、他により直接的な解決方法がないこと、訴訟の対象となる権利、法律関係が具体的なものであること等の要件が備わっていることが必要であり、そのような場合に限って認められるのであって、その要件がない限り、実質的当事者訴訟としての確認の訴えは、訴えの利益を欠き、不適法なものであると解すべきである。

そこで、この見地から本件確認の訴えの適否を判断すると、訴えの対象である控訴人ら主張の権利は学齢児童の就学にかかる権利であるところ、学齢児童の就学をめぐる法律関係は、国ではなく被控訴人小城町がその権利義務の帰属主体となり得るものであるかどうかについても疑問があるものの、その点はさておき、それが公法上の法律関係であることはもちろんであり、前記のとおり市町村の教育委員会による地教行法、学校教育法施行令等に基づく公権力の行使を本質とするものであって、対等な当事者間の法律関係でないこともまた明らかである。また、控訴人ら主張の右権利は、裕史の住所地ではない被控訴人小城町の設置する桜岡小学校に就学させる権利であるが、右のような権利は、仮に認められるとしても、前記の学齢児童の就学に関する手続きに従って、裕史について小城町教育委員会による区域外就学の承諾及びこれに伴う一連の具体的な処分がなされてはじめて、被控訴人小城町との間で裕史を桜岡小学校に就学させる権利として具体化する筋合いのものであって、右のような具体的な処分がなされる前においては、控訴人らは、保護者として、一般的に学齢児童である裕史を小学校に就学させることを要求し得るとしても、特定の小学校への就学を求める具体的な権利があるわけではないといわざるを得ないし、裕史を桜岡小学校に就学させようというのであれば、前記の学齢児童の就学に関する手続きに従って小城町教育委員会による区域外就学に関する処分等の具体的な処分がなされた後に、これらの処分に不服であればその取消訴訟等の抗告訴訟を提起することによって直截に救済を受け得る途があることも明らかである。そうすると、本件確認の訴えは、以上のいずれの観点からも実質的当事者訴訟として是認されるのに必要な前記の要件を具備していないから、その余の点について判断するまでもなく、訴えの利益を欠き、不適法なものといわざるを得ない。

また、控訴人らは、前記のように教育事務の委託あるいは就学に関する慣習法に基づき裕史を桜岡小学校に就学させる権利を有することの確認を求めるものであるが、小学校における就学手続きと右の教育事務の委託、慣習法との関係は前記のとおりであって、右の教育事務の委託等によって控訴人らが裕史を桜岡小学校に就学させることができるという具体的な権利を取得し得る余地はないのであるから、そのような教育事務の委託等に基づく本件確認の訴えも、前同様に訴えの利益を欠き、不適法であるというほかはない。

(三)  控訴人らは、被控訴人小城町が、訴訟外で、小城町教育委員会を介して裕史の桜岡小学校への区域外就学は一切受け付けられない旨を表明しながら、本訴においては、右の区域外就学の手続きを履践しなければ確認の利益がない旨を主張するのは、訴訟当事者として要求される信義誠実の原則に反する旨を主張する。<証拠>によれば、被控訴人三日月町教育委員会は、昭和六二年一月二〇日控訴人らに対し、入学告知書と題する書面により裕史について三日月小学校への入学期日を同年四月九日とする旨の通知(本件処分)を行うに際し、同時に、小城町教育委員会との取決めとして、小城町教育委員会は甘木本告両地区の就学予定者について桜岡小学校への区域外入学手続きを一切受け付けない旨が記載された「入学告知書の配布について」と題する書面をも配布したことが認められる。しかし、被控訴人三日月町教育委員会らによってそのような意向が表明されたとしても、これによって控訴人らの区域外就学の申請をする権利が否定されるものではなく、また小城町教育委員会による右申請に対する処分を訴訟上争うことができるものであるから、右の事情があるからといって、被控訴人小城町が本訴において前記本案前の主張をすることが訴訟上信義誠実の原則に反するとはいいがたく、控訴人らの右主張も採用することができない。

2  次に、本件確認の訴えは、控訴人らの訴え提起の目的に照らすと、前記のように無名抗告訴訟としての予防的確認訴訟とも考えられるところであるから、以下この見地から本件確認の訴えの適否について検討する。

ところで、本件確認の訴えのような予防的確認訴訟は、具体的、現実的な法律上の争訟を事後的に解決するという司法制度の役割に照らすと、単に将来ある行政処分がなされ、又はなされないことにより不利益を受けるおそれがあるというだけで、当然に許されるというようなものではないのであって、その前提となっている権利又は法律関係の性質、内容、関係者の被る不利益の内容、程度、将来の行政処分の内容、確実性等の諸事情に照らし、右行政処分によって示される行政庁の第一次的な判断権を尊重するという原則を損なわず、しかも、右行政処分がなされるのをまっていては回復しがたい損害を被るおそれがあるため、事前救済を認めるべき緊急の必要性があるうえ、他に右行政処分をめぐる法律上の争訟について適切な救済手段がないなど、事前にその前提となる権利又は法律関係の存否の確認を求めて出訴することができなければ極めて不都合であって、事前の出訴を許さないことを著しく不相当とする特段の事情がない限り、訴えの利益を欠き、不適法であると解すべきである。

そこで、この見地から本件確認の訴えについてみると、控訴人らが本訴において確認を求める権利は、裕史を桜岡小学校に就学させる権利であるが、前記のように、控訴人らが桜岡小学校への就学を求めることができるのは区域外就学の手続きによるほかはないところ、右区域外就学を認めるか否かは、区域外就学の申請を受けた小城町教育委員会において教育行政上の裁量権を行使して判断すべきものであって、その第一次的な判断権を尊重すべきことが法令上要請されているから、小城町教育委員会による判断が明らかにされる前に、本件確認の訴えによってその判断を拘束することは許されないものである。また、弁論の全趣旨によれば、裕史は現に三日月町に居住して三日月小学校に入学し、就学していることが認められるから、直ちに桜岡小学校への区域外就学を認めなければ、裕史の小学校での教育を受ける権利あるいは控訴人らの裕史を小学校に就学させる権利が著しく侵害されるという事態が生ずるとは到底いいがたいものである。しかも、控訴人らは、裕史について桜岡小学校への区域外就学の申請をし、小城町教育委員会により右申請について承諾、不承諾等の具体的な処分がなされ、又はなされないときに、事後的に右処分の取消訴訟等を提起することが可能であり、右のような取消訴訟等が区域外就学をめぐる法律上の訴訟を解決するのに最も適した手段であるうえ、本件においては、右のような手段によっては控訴人らに対し回復しがたい重大な損害が生ずることも考えられないところである。

そうすると、右の本件事情の下においては、本件確認の訴えを提起することができなければ極めて不都合ということはできず、これを許さないことを著しく不相当とする特段の事情が認められないから、本件確認の訴えは、その余の点について判断するまでもなく、この見地からも訴えの利益を欠き、不適法であるといわざるを得ない。

三  被控訴人三日月町教育委員会に対する請求について

1  弁論の全趣旨によれば、控訴人らは、被控訴人三日月町教育委員会から昭和六二年一月二〇日裕史の就学すべき三日月小学校への入学期日を告知する本件処分を受ける以前に、小城町教育委員会に対し裕史について桜岡小学校への区域外就学の申請をしたこともなく、したがって、また、被控訴人三日月町教育委員会に対し小城町教育委員会の承諾を証する書面を添えて区域外就学等の届出をしたこともなかったこと、裕史は健康診断の結果判明した盲者、聾者、精神薄弱者、肢体不自由者、病弱者ではないことが認められ、裕史が現に三日月小学校に入学し、就学していることは前認定のとおりである。

2  ところで、学齢児童の就学、区域外就学の制度及びその手続きの概要は前記のとおりであるが、右認定の本件事情の下において、本件処分の違法性について検討すると、被控訴人三日月町教育委員会は、三日月町に住所を有する裕史が昭和六二年四月一日学齢に達する小学校への就学予定者であるため、昭和六一年一〇月一日現在で裕史について学齢簿を編製し、控訴人らから小城町教育委員会の承諾を証する書面を添えて桜岡小学校に就学させる等三日月小学校以外の小学校に就学させる旨の届出がなされないまま、学齢簿に基づいて控訴人らに対し裕史の入学期日を通知すべき時期に至ったものである。このような場合、被控訴人三日月町教育委員会としては、学校教育法施行令の定める前記の就学に関する手続きに従って、昭和六二年一月末日までに、裕史について、控訴人らに対し、三日月町の設置する唯一の小学校である三日月小学校への入学期日を通知しなければならない義務を負うこととなるといわざるを得ない。被控訴人三日月町教育委員会の負う右義務は、学齢に達する児童について就学すべき小学校が確定しないという事態をなくし、学齢に達するすべての児童に対してもれなく小学校における教育を受けさせるために認められる不可欠な義務であって、右義務が確実に履行されることによってはじめて、憲法上の要請でもある教育の機会均等と義務教育の要請が完全に実現されることとなるものである。被控訴人三日月町教育委員会の果たすべき右義務は、その重要性に鑑みれば、前記法令上何よりも厳格に履行すべきことが要請されるものであるところ、同被控訴人も、右の見地から昭和六二年一月二〇日控訴人らに対し、裕史について三日月小学校への入学期日の通知(本件処分)を行ったことが明らかである。

そうすると、右事情の下においてなされた被控訴人三日月町教育委員会の本件処分は、学校教育法施行令等の法令の定める要件及び手続きに従ってなされた適法な処分であったというべきであり、本件処分について控訴人ら主張の違法事由は認められない。したがって、被控訴人三日月町教育委員会に対し本件処分の取消を求める控訴人らの請求は理由がない。

(なお、前認定のように控訴人らは、本件処分がなされた当時においても、また現在も、希望地である小城町教育委員会から裕史について桜岡小学校への区域外就学の承諾を得ておらず、被控訴人三日月町教育委員会に対し右承諾を証する書面を添えて区域外就学の届出をしていないものであるから、現行の就学制度の下においては、控訴人ら主張のように、本件処分によって控訴人らが裕史を桜岡小学校に区域外就学させることを否定する関係にないことが明らかである。また、現行の就学制度の下においては、仮に本件処分を取消すこととなると、裕史について就学することができる小学校を失わせることとなるのであって、前記の教育の機会均等、義務教育の完全実施の要請に反するばかりでなく、控訴人ら、裕史に対し回復しがたい損害を生じさせることとなることも想起すべきであろう。)

四  結論

以上の理由によって、本訴のうち、控訴人らの被控訴人小城町に対する訴えは不適法として却下すべきものであるから、原判決中これと異なる部分を取消して右訴えを却下し、また、控訴人らの被控訴人三日月町教育委員会に対する請求は失当として棄却すべきものであり、原判決中これと同旨の部分は相当であって、同被控訴人に対する本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松田延雄 裁判官 湯地紘一郎 裁判官 升田 純)

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